命がけの水から、命の水へ:きれいな水は、探すものではなく届けるもの

2026.05.29 ワールド・ビジョン・ジャパン

私は、今、カンボジアの広大な湖のど真ん中で極度に渇いている。


漁村で暮らす貧しい子どもの生活を取材しているのだが、
魚を捕りに出かけたその子どもと父親の小舟を見失ってしまい私たちは完全に迷子。

約1時間で終える予定がすでに3時間を超え、太陽がオーブンのように容赦なく私たちを焦がしにきている。日よけも、飲み物もない。


病気を覚悟してでも湖の水を飲んでしまおう。

いざ飲もうと手の中の水を見ると、緑茶のような色で、正体不明の何かがウヨウヨしてる。


・・・やっぱり、飲めない。

この悲劇を結末まで早送りすると、ようやく子どもたちを発見し、漁業の様子を撮影し、陸地に無事戻ることができた。


その時の撮影隊の様子がこちら。(幸い、私の惨めな姿は記録に残っていない)

私が、真の意味で「乾く」体験をしたのは、この湖上の出来事が最初で(願わくば)最後だ。

しかし、世界全体で22億人が安全に管理された飲み水を使用できず、このうち1億4,400万人は、湖や河川、用水路などの未処理の地表水を使用している。

私はカンボジア、バングラデシュ、ルワンダ、ウガンダ、ケニア等でそのような子どもたちを、この目で、数百人と見てきた。命がけで、安全でない水を飲んでいる子どもたちを。ちなみに、私がチャイルド・スポンサーをしていたアイシャちゃん(ルワンダ)もその1人だった。



近くに水源がない家庭は、そこで暮らす子どもたちが歩いて水を汲みに行く。

アフリカでは、子どもたちが水を汲むために、平均すると、毎日6kmの距離を歩いている。それも、裸足で、でこぼこの山道を。私からしたらオーブンの中を歩くような暑さだ。

道中には危険な傾斜もあれば、危険動物(ゾウは可愛くない、怖い動物である)との遭遇もあり得る。水を汲みに行くのも、また、命がけだ。

そんな道を、子どもたちはわりと楽しそうに歩いていたりする。

日本で例えるならば、おつかいを頼まれた子どもたちが、近所の子どもたちと一緒にスーパーに行くようなものかもしれない。



だけど、この子どもたちは、水汲みさえなければ行くことのできる「学校」を知らない。きれいな水が近くにさえあれば「読み書き」ができる。「計算」ができる。「先生」との出会いがある。「世界」をもっと知ることができる。「夢」ができる。

ワールド・ビジョン・ジャパンは、チャリティラン&ウォークイベント「GLOBAL 6K FOR WATER」を今年も開催する。子どもたちの歩く6kmを歩いて、走って、感じるイベントだ。

参加費の一部が、ケニアで暮らす子どもたちにきれいな水を届けるための寄付になる。


「その一歩が、命をつなぐ水になる。」

子どもたちが水汲みのために使う実際のジェリカン(バケツのようなもの)を持ち、その重さを体感することもできる。



個人で、友人と、同僚と、家族と。

様々な形で、自分に合った種目で参加できる。

現在エントリーを受付中。詳しくはワールド・ビジョン・ジャパンWebへ。

https://www.worldvision.jp/campaign/26_global-6k/index.html

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RUN FOR WATER, RUN FOR LIFE!